| 財団: |
このたびは、日本歌人クラブの会長さんにご就任をされたこと誠におめでとうございます。
この日本歌人クラブという組織はどのような組織ですか。 |
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| 神作: |
1948年9月に千代田生命ビル講堂において創立総会を開催しておりますから、2008年平成20年には創立60周年を迎える運びになります。
会の趣旨は日本にたくさんおります、歌人たちの親睦を図る、合わせて日本に千年以上も続いている短歌の歴史をきちっと身につけて、和歌の伝統を守り続けていくという2つの目的のために創立されたと聞いております。
会員は約5000人北海道から九州沖縄まで、12のブロックに分けてそれぞれ活動しています。 |
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| 財団: |
短歌の同好者の集まりでは日本で一番大きい組織で、その会長さんに市川の神作先生がご就任いただいたことは市川市民にとっても大変名誉なことですね。
ところで、10月25日に市川文学プラザがオープンしましたが、この開設にも深く関わっていただきましたが、抱負を御願いします。 |
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| 神作: |
もう10何年も前になると思いますが、市川市の教育委員会の委嘱を受けて「市川の文学」という本を作らせていただきました。
それ以前からずっと考えていたことですが、万葉集の真間の手児奈に関する歌から、井上ひさしさんの作品まで非常に長く1300年以上に渡って市川が文学の素材の基地として位置づけられるということが仕事を通してわかりました。別の言葉で言えば、神奈川県の鎌倉以上に文学的な香りの高いまちであり、それだけ文学者が多く関わってきた都市である、という点では誇りを持っていいところに住まわせていただいている。そういう意味では非常に感謝をしています。
今回開設された「市川文学プラザ」を一つのステップとしてできれば近い将来に単独の「市川市文学館」なり「詩歌文学館」が出来ることを心から念願しております。 |
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| 財団: |
1月に文化会館の小ホールで「小倉百人一首プロムナード」と芳澤ガーデンギャラリーで「百人一首の文化史展」が開催されますが、両方に先生が監修されておりますが、今年の見所を教えてください。
そして、百人一首の中で先生の一番好きな一首をおしえてください。 |
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| 神作: |
百人一首が藤原定家の手によって選ばれたのが1235年の5月のことですから、ちょうど今年で770年くらい経っているかと思います。その770年の間日本人の間で親しまれ愛唱され続けてきた百人一首をたまたま市川にお住まいの伊能美智子先生が百番の歌まで全部作曲された記念で今年は76番から100番まで、その中に選者の藤原定家の歌も含まれますので、そういう意味では百人一首を四年続けた総仕上げとしてコンサートの方は大変大きな期待を寄せています。
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それから芳澤ガーデンギャラリーの方で行われる「百人一首の文化史展」は今年が2回目ですが、江戸時代の絵かきさん、広重、国芳といった方々が浮世絵風に芝居を絵画化し、その芝居にちょつとずつ引っかかるところで百人一首を使いながら、こういう形でも百人一首は江戸の庶民の間に迎え入れられていったというのを、たぶん関東地区では初めてだと思うのですが、「小倉擬百人一首」という資料を百枚展示するという冒険を試みているわけです。あわせて歌留多も四、五点出していますが、一人でも多くの方に足を運んでいただいて、江戸時代の人々にこんな風にして百人一首が迎え入れられていったというのを資料を通して受け止めていただければとそう考えています。
それから百人一首の一番好きな歌は歌留多をやっていた頃、一番取るのが早かったというだけですが、
由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ 行くへも知らぬ 恋の道かな(46)
曾禰 好忠
の歌であります。その作者である好忠集を大学卒業するとき卒業論文のテーマとして選んで、好忠集に注釈をつけたり校本総索引を作ったりしたのが単行本の中に入っているのも縁だなと思っています。 |
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| 財団: |
2月には文化会館で日本歌人クラブの主催で「現代短歌セミナー」が開催されますが、どんな催しですか。文化振興財団も共催させていただいておりますが。 |
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| 神作: |
共催していただいて心より感謝しております。さきほど申しあげたように間もなく60年になろうとしている日本歌人クラブですが、セミナーのような形を今までとったことがなかったのを、市川で開かせていただくのが第一回目になるわけです。
それで今回のテーマは短歌を作る上で、批評する上で十か条に及びます大切なことを千葉に住んでいらっしゃいます、「歩道」という結社の編集長の秋葉四郎先生に斉藤茂吉、佐藤佐太郎、そして秋葉四郎という3人を引き合いに出されて守るべき十か条、心得ていなければいけない十か条を基調講演していただきます。それに対して四人の歌人が、コーディネーターを含めましてそれの公開討論をしていただき、フロアーからももしご質問があればお尋ねしていただく、楽しい会にしたいと思っています。一般の方も入れますのでお気軽にご参加ください。 |
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| 財団: |
先生の歌碑が市川のじゅんさい池公園に建つと聞いておりますが、どんな短歌ですか。 |
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| 神作: |
皆様にお世話になっているお蔭なのですが、
夕焼けの 移ろひまでも 映しつつ やがて暮れゆく 大きなる池
神作 光一
じゅん菜池を歩きながら作った一首ですが、夕焼けの色の移ろいまでも、きちっと水面に映し映ししながら、やがて時間の微妙なる経過と共に暮れかかっていく大きなる池 じゅん菜池です という写実の一首です。建てていただくことに大変名誉ことでありますし、歌人として歌の道に関わっている一種の記念碑としてありがたいことだと思っています。 |
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| 財団: |
市川は昔から文化都市と言われていますが、市川の魅力をどのようにお感じになっていますか。また、市川の町がこれからどのようになっていくかご希望をお聞かせください。 |
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| 神作: |
一番難しい質問だと思いますが、東京の方から電車に乗ってきますと、江戸川を渡った途端に、松の木が多くて随分総武線で通勤通学を長い間やっていますけど、ああ松の多い町だ、緑の町だというのがまず第一印象です。
それから先ほど申し上げました「市川の文学」という本を作らせていただいた頃から、市川というところは、千年以上に渡って文学者が歌い続けて、書き続けてきた町だという、歴史と文化の重みが大変重くて香り高い町だと痛感している一人でありますので、それが大きな魅力の一つになっています。
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ですから、是非単独の文学館のようなものが出来てより多くの人が市川に足を運んでくれるような、そういうことが出来ればいいなあと、そのためのワンステップとして文学プラザがオープンしているのかなあと考えています。ことに永井荷風さんのような著名な作家がいらっしゃるし、水木洋子さんの資料がまとめて市や財団に寄贈いただいているという事情などを考えますと、これから山坂あると思いますが、そのことに関わらせていただいている一人として何とか頑張って今申し上げたことが実現できればなあと夢見ています。 |
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